子どもをあきらめる

2013年06月28日

子どもをあきらめる

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子どもが出来ないことと、子作りに非協力的な夫に苛立ちと焦りを募らせていた頃、夫になぜ誘いに応じてくれないのかを尋ねました。

彼の答えは「理由はない」。

「何それ? 答えになってないじゃん。何が問題なの?」とさらに詰め寄る私に、「申し訳ないけどやりたいと思わない」と彼は告げました。

「赤ちゃんほしくないの?」私はすごく欲しいと思っているけれども。

そう言えば不妊治療を始めたのも私で、彼を病院に連れて行ったのも私で、彼が主体的にこの問題に取り組んだことはなかったかもしれない、とその時気付きました。

「(子どもが)いたらいたで楽しいかな、とも思うけど、このまま二人でもいいかなって思う時もある」

初めて聞いた夫の本心に私は驚きを隠せませんでした。

しかし唖然としたのも確かですが、なんだか肩の力が抜けたことも覚えています。

不妊症と診断され、インターネットや本で様々な情報を仕入れては無駄骨に終わり、今月も、また今月も駄目だったと悔しい思いを繰り返す中で、本当の目的を見失っていた気がしました。

結婚した当初はこれほどまでに子どもがほしいとは思っていなかったはずです。

むしろ治療を続けるうちに、「これだけ費やしたのだから結果がほしい」という投資の感覚に近い感情にすり替わっていたのかもしれません。

「でも子どもがいたらきっと楽しいよ。みんな幸せそうだよ」

それでもなお縋りつく私に夫は、

「俺は今でも十分楽しいよ」と一言。

私がほしかったのは、この人と一緒に生きていくことだったと再認識しました。

赤ちゃんが来てくれたとしても夫に去られてしまっては意味がないのです。

けれども祖母にひ孫を抱かせたい、という思いがあることもまた事実です。

「それならね、もし赤ちゃんが出来なかったら、養子とかもらうのは?」

実はその頃、自分の体に期待を持てなくなっていた私は養子縁組についても調べ始めていました。

血縁関係がなくても、他人の子どもも可愛いと思えるなら、母親になれるかもしれないと思ったのです。

しかしこれに対しての夫の答えは「愛せる自信ないから、それはやめて」でした。

唯一残された母親になる道でしたが、夫が言うなら仕方ありません。

母親にはなりたいけれども、この人の妻であることを辞めるのだけは出来ません。

「じゃあ、犬飼おうよ。どうせこのアパート、環状線の工事で立退ききてるし、引っ越さなきゃいけないし」

「それは別にいいけど、それでいいの?」

子どもの代わりがペットに務まるはずがないと夫は怪訝な顔をしました。

「最悪、そっちの方向で」

と私は答えました。

自分たちの子どもは生まれないかもしれない、養子はもらえない、それでも夫婦をやめるわけじゃない。

孫を待ち望んでいる両家の両親には申し訳ないけれども、どちらも一人っ子というわけではありません。

兄弟たちに期待を託すこともできるでしょう。

今のままでも十分楽しいなら、今の生活を守る道を考えようと思い始めました。

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posted by 不妊治療さとみ at 22:54| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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