子どもができない

2013年06月14日

子どもができない

私が念願の赤ちゃんを授かった方法はこちらぴかぴか(新しい)

私が自分を不妊症だと認知したのは、結婚して2年と半年してからのことでした。

不妊症」という言葉は当時の私も知っていました。

でもまさか自分は当てはまらないだろう、と根拠もないのに自信満々に思っていたところがあります。

ですが調べて行くうちに、「子供を作ろうとして2年以上妊娠しないこと」が不妊の定義とのこと。

セックスレスというわけではありません。

むしろいつ子供が出来てもいいようにと、結婚してから職場も変えました。

それでもやることをやっていればいつかは赤ちゃんが出来るだろうと、楽観的に捉えていました。

むしろ子供を作るというだけの目的でしたくない、などと夢見ていた節もあったかもしれません。

そんな思いで夫と接していては、赤ちゃんが来る前に夫が去るのでは、とも思いました。

そんな私が焦り始めたのは母親の「あんたも早く孫の顔見せてよ」という一言でした。

気がつけば親ももうすぐ還暦、祖母に至っては米寿を過ぎたばかりです。

会うたびに一回りずつ小さくなっていく祖母の笑顔に、「私はこの人に、ひ孫の顔を見せられるのだろうか」という思いがよぎりました。

初めて子供を産まなければ、と思った瞬間でした。

思えば動機が不純だったかもしれません。

本当に欲しいと思わないと赤ちゃんって来てくれないのかもしれません。

けれども私にとっては「生きているうちに祖母にひ孫を抱かせる」というのが一番の目的になりました。

しかし子作りと言われて思い浮かぶことは一つしかありません。

しかもその一つについては、割りと勤しんでいるつもりでいました。

それでも出来ないから「不妊症」だということを、私はわかっていませんでした。

とりあえず病院に行けば何かしてくれるだろう、そんな他力本願な姿勢から私の不妊治療は始まりました。

私が念願の赤ちゃんを授かった方法はこちらぴかぴか(新しい)

posted by 不妊治療さとみ at 21:13| Comment(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。